2005年04月26日

皇軍思想

(4月26日記)
 中国で反日デモが各地で激化。半暴動化した若いデモの群衆は日本総領事館や、日本料理店まで襲撃し、日中首脳会談もぎくしゃくした雰囲気だった。日本の国連安保理事国入りを目前に、中国人達が不穏当な動きを見せている。

 その昔。敗戦前の中学生の頃。日本中の旧制中学には配属将校が居て皇軍思想を徹底的に子供の学生達に植え付けた。北海道の僕の中学には一人の軍曹が配属され、僕ら子供達をしごきにしごいた。雨の日を選んでぬかるみを駆け足で行進させ、避けて通る子供達を狙って銃剣の先で背中をこずき泥水の中に伏せさせた。「お前ら、前線の兵隊さんのことを思えばこんなこと何でもない!世界一強い日本軍の一人にお前らもなるんだ!」。鬼軍曹に逆らう者など一人もいない。反抗心がないのではない。本当に日本軍は世界一だ、日本は神国で、いつか必ず神風が吹き、鬼畜米英を撃滅すると信じ切っていた。だから軍曹の意地悪な命令は当然だと思った。日本人は世界に冠たる選民で、大東亜共栄圏の盟主なのだ、と散々教え込まれていた。この信念は前線の兵士たちには更に強固に行き渡っていただろう。だから日本軍は強かった、だから日本軍は何でもやれた。南京大虐殺が本当にあったのかどうかは知らない。だが、一人の元・中国で戦った日本軍軍曹が、唇をゆがめながら語ったのを僕は忘れない。「あの頃のことだがな、中国人のーー当時はちゃんころと呼んだーー隣同士の主人と主婦を並ばせて、俺たちの目の前で、従わないと殺すと銃を突きつけて、性行為をさせたんだ。あの頃は笑って見ていれた。奴らは俺たちと同じ人間じゃないんだ。今考えると、ひでーことをしたもんだ!」
 ローマの国際学生会館の大勢の寄宿生の中で、どうしても僕を避ける男が一人いた。食堂で彼の隣に座ろうとしたら、すぐに立ち上がり別のテーブルに行った。そして、彼からの伝言が友人を通してきた。「貴方には何の恨みもない。でも家族を日本軍に皆殺しにされた身としては、日本人と席を同じくする気にはどうしてもなれない」。

 不幸な話である!しかし、僕らが子供の頃に受けた皇軍思想教育を想い出すと、中国が同じく彼等の青少年たちに「ゆめゆめ、日本軍の残虐行為を忘れるな!」と思想教育を施したとしたなら、この反日デモの火種はあってむべなるかなと思うのである。本当に、教育の力は恐ろしい!
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2005年04月18日

蝶々さんのDVD

(4月18日記)
 改訂版「蝶々さん」のDVDが出来上がった。昨2004年のこのNPOみんなのオペラ再演の初日を5本のカメラを入れて収録したものである。昨年10月30日の公演なのに何で今頃、と思われるかも知れないが、数日間缶詰になる編集に立ち会う時間が取れなかった為で、早く観たいという出演者の方々にお許しを乞う。
 自分で演出しておいて不遜な書き方だが、僕の観たあらゆる「マダマ・バタフライ」公演舞台のDVD、VTRなどの録画の中で、少なくとも視覚の面では、最高である!

 永年の本場での舞台経験から、如何にこの日本を舞台としたオペラの姿が歪められて上演されてきたかを僕は身に沁みて知っている。中国だか日本だか解らない不可思議な衣装、漁師の苫屋のような蝶々さんの家、その家には土足で上がり込み、ーーなどなどの演出上の無知さだけでなく、百年前、門戸を世界に開いたばかりで、日清・日露戦争で世界の耳目を初めて惹いた頃の日本の正しい姿は、残念ながら原作者プッチーニと二人の台本作家も把握できていなかった。情報が無いのだ、無理もない。そして、明治に入って分けられた神と仏が混在してしまい、日本の習慣・名前などの誤認が百年間も続いてきたのである。
 それを世界で最初(多分)に訂正した。これは日本人演出家なら誰でも簡単に出来ることなのに、これまで誰も手をつけなかっだけだ。そして舞台となった明治・長崎の正しい姿の再現を試みた。それを、オペラが創られてから百年後の今でも続く日本と西欧文明の摩擦をテーマにして演出した。それが認められたのであろう、お国が再来年秋に国外公演に出してくれることになりそうである。
 オペラは国外からは山ほど日本にやってくるが、日本製のオペラが海外に出て行ったのはこれまで数えるほどしかない。「蝶々さん」という日本が輸出するのに最も相応しい出し物で、このアンバランスの是正と日本文化輸出の嚆矢になりたい。そうすれば物質大国のイメージだけが突出する日本が、文化国家だと認められるきっかけになるかもしれない。

 我々NPOのもう一つの目的は我が国でのオペラの大衆化である。このDVDを観て頂き、オペラは良いものだ、と廣く認識され始めればその目的に一歩近づける。だから出演者、関係者はもとより、一般にも配布をするのだが、制作費がかさんだのでどうしても有料になってしまうことをお許し戴きたい。
posted by opera-okamura at 12:10| Comment(0) | 日記

2005年04月11日

激戦オーデイション

(4月11日記)
「魔笛」オーデイションが終わった。丸2日間、朝の9時半から夜の9時45分、会場が閉まるぎりぎりまで、全出演者を選んだのだが、歌のコンクールの審査に比べてあまり疲労感はない。自分で創るオペラの生死を決めるオーデイションだから当たり前か!

 激戦だった!「魔笛」は何度も創り再演したが、その過去の出演者の半分は涙を飲んで落さざるを得なかった。海外の舞台経験者、国内のコンクール優勝者・メジャー舞台での主役経験者も落ちた。
オーデイションは自費での参加だが外国人も2名入った。外国からの売り込みがメールでかなりあった。写真と経歴を送付してきて、音源での審査じゃどうか?というのだ。インターネット以外に日本の各国大使館にも告知をしたので、問い合わせが来たのだが、米国、イタリア、フランス、オランダ、アイスランド、台湾、韓国――と。何とか資金を工面して彼等の海外からの交通費を出せるようになれば、我々の[Audition in Tokyo]は国際的なものになるのだ!日本のオーデイションもコンクールも殆どが国内のみが対象である。かって歌のコンクールの対象を国外にも広げようという提案をしたら、外人に市場を荒らされるという反対意見で潰されてしまった。けつの穴が狭い! こういう意見があるうちは日本のオペラは、いや日本文化は国際的になれない!
オーデイションのネックは男声が女声に比べて圧倒的に少ないことだった。2人選ぶのに18倍の激戦はパミーナ役(ソプラノ)、それに比べ、モノスタトス役(テナーかハイバリトン)は過去の出演経験者2名のみのエントリー、つまり無競争。と言っても発表日まではどんな相手がどのくらいエントリーするのかを彼らも戦々恐々として待っていたのだろうが。過去の同役での出演者はオーデイションを受けなくとも審査対象となるのが我々のシステムなのである。
歌の国内コンクールでも、いや、クラシック音楽の国内コンクールでは、どれも女性の応募者が男性よりずーっと多い。クラシックでは食えないから、一家を抱えることになる男は、才能がよほどあると自他共に認めないとその道に入って来ないのだ。
偏狭なナショナリズム、性でのアンバランス。この二つがわが国オペラ発展への隘路である!

実は男声合唱でテナー1名、バリトン・バス5名の欠員が出たので、追加オーデイションをします。詳細はこのホームページ上、又は、NPOみんなのオペラのホームページに掲載されています。9月の「魔笛」公演をお楽しみに!
posted by opera-okamura at 23:14| Comment(0) | 日記

2005年04月01日

桜と狼藉

(4月1日記)
 東京の桜が開花した。僕の家の近くの駒沢公園も桜の名所だ。ヨーロッパに永年住み、又、オペラ歌手という商売柄、かなり世界を旅したが、南の端から北の端まで、国の中を進む一ケ月の開花の報が国民の話題となる国を、他に僕は知らない。自然をねじ伏せて建物を造ってきた西欧人とは違って、自然と共に生活し、自然を愛で、風雅の心をわきまえる伝統を守ってきたのが我々日本人のはずである。

 一年中で最も美しい桜の下の一週間が、ところが例年、駒沢公園は一番醜い季節と変わり果てる。無料の宴会会場には今を真っ盛りに咲き誇る桜の下に、ビニールシートを敷いた若者の群れ群れ群れ。手作りの弁当は殆ど見あたらない。食べ物を美味く食べるために暖める情熱の人も少ない。冷たい、金さえ出しや、手軽に手に入る出来合の食い物の数々々々々々。缶入りの瓶詰めの安酒の数々々々々々。お祭りの出店から匂ってくる、食欲をかき立てる醤油と油の混じった、焼きたてのそばの、蛸焼きの、とうもろこしの、そして綿菓子の、鯛焼きの甘い匂い、とは全然ちがう、ごみ箱から発するような異臭が漂う中、頭上に咲き誇る桜を見やりもしないで、だみ声、嬌声をがなり立てて、ひたすら人間関係を潤滑に保つための馬鹿騒ぎを繰り広げ、挙げ句の果ては嘔吐して、仲間に担がれて、後かたづけもせずに立ち去る。翌朝はゴミの山、反吐の跡!この公園は都民のもの、つまり僕も所有者の一人。俺の公園をよごすな! 大和人の風雅な伝統をけがすな! 週に三度はここを通ってトレーニングセンターに足を運んでいるんだ。

 缶ビールが、出来合のおにぎりが、サンドイッチが、どこでも手に入る世の中になったから、無料宴会場の狼藉が殷賑するわけではないだろう。日本人は西欧化で自然をないがしろにしてしまっているのだ。
桜の大木は嘆いている。「その昔は、手作りの折り詰めを一家で囲んで、俺たちの花を見上げながら和服姿の両親が、静かに子供を遊ばせていたものだったけどなー。たった一週間の儚い命をいつくしんではくれないかなー」
posted by opera-okamura at 22:27| Comment(0) | 日記