2005年06月27日

植民地的オペラ上演形態

(6月27日 記)
 新国立劇場でプッチーニの「蝶々夫人」初日を観た。パルンボの指揮棒と東フィル、蝶々夫人役の大村博美、ゴロー役の大野光彦など演奏は大健闘。だが僕は、日本を舞台とした最高のオペラを日本唯一の国立オペラ劇場が創ったものとしては甚だ不満だ。

 最初から最後まで一杯だけで通した舞台装置は甚だ幾何学的、現代的で、舞台となった明治後期の長崎には到底存在しえないし、通常の家としてもデフォルメしてあり、どう考えてもこの世の何処にも存在し得ないしろもの。それが演出家の演出アイデイアの為に創られ、入場料を払った観客はどうしてこういう装置を創ったのか、その理由を頭を痛めながら考えなければならないのは誠に不合理。観客はオペラを楽しみしているのであって、演出の学習をするために劇場に足を運ぶのではない!この頃そういう晦渋な演出が多すぎる! 花の二重唱の時だけに突然空から花びらが雨のように降り、演出の都合で自然にはあり得ない照明が、照ったり陰ったり!

 だが一番残念だったのは、原作の日本誤認が訂正されてなかったことだ。一神教の西欧と同じく「おお神」と成婚を祝って日本人たちが祝い声をあげ、元の芸者稼業に戻るのを拒否する蝶々夫人の言う理由は「雨の日も風の日も、子供を抱いて街の通りに出て歌って踊って、人々の哀れみでお金を稼ぐのなら死んでしまった方がまし」だから、と門付けをするごぜと芸者を混同し、「おくなま」という日本人の誰もが知らない賢者が微笑みの効用を説くと侍女すずきが歌い、叔父の僧侶が、改宗した自分の姪の蝶々夫人を「蝶々さんーーかみさるんだしこ!」と、尊称をつけ、坊主なのに猿田彦の神だと思われるへんてこな神道の道案内の神の名前で罵りーー!!そして、日本人同士の会話/歌、は総て原作のイタリア語で日本人の聴衆に対して歌われ、それに邦訳の字幕が出た。このオペラだけではない。これが日本でのオペラの通常の上演形態なのだ!ある「魔笛」上演では、芝居までーー歌でではない芝居が原作に書かれてあるーー日本人歌手達が下手な原語/ドイツ語でドイツ語を解らない日本人に向けて喋り、それに邦訳の字幕が出た。植民地的なオペラの上演だとしか言えないでは↑ ないか!

 世界初(多分)に原作の誤りを改訂し、当時の長崎の姿を正しく伝えるように、原語/イタリア語の他に、日本人同士や、日本語を理解する役柄の登場人物には日本語で歌わせた改訂版「蝶々さん」台本を僕は創り既に上演している。新国立劇場ではこれを採用し、正しい日本の姿を示して欲しかったのだが!! 我々の国民オペラ的存在が「蝶々さん」なのだ!
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2005年06月22日

舞台と客席

(6月22日 記)
 今日の江東ケーブルテレビの撮影はスムーズに終わった。今日から来7月と8月初頭までの分の撮りで、一時間足らずで一回2分ものを6本撮りおわった。カメラをセットし拙宅のスタジオで回すまでの種々の準備を含めてだから異例の早さである。
 
 「オペラが始めて出来たのは1600年丁度の、関が原の合戦の年。イタリア・フィレンツェのメデイチ家のお姫様と、フランスの王様の結婚式の引き出物の余興として上演されたのですが、その当時のオペラの客席で最上最高のものは劇場の何処にありましたか?」と、インタービューアーに質問した。この答えまでが第一回分の内容だ。これで2分は忽ち過ぎてしまう。どうせオーバーするがかまわない。ちゃんと2分に編集して放映してくれる。答えは「舞台のど真ん中」である。多分ここにお姫様と婿の王様は座られ、目前で演じられたオペラを見、そして、時には演者の一人として簡単な踊りや芝居に自ら加わった。モーツアルトが出現するまでのオペラは、貴族のステータス誇示のための娯楽だった。貴族は自分を如何に他人に見せるかに腐心し、多数の人を集めるためにオペラに金をかけた。その中で最も人の視線が集まる舞台のど真ん中を最上席に選び、豪華な安楽椅子にふんぞり返って観劇したのである。今のようにオペラ座の舞台と客席はオーケストラボックスを挟んで別れてはおらず、オーケストラの演奏場所は出し物によって変わり、時には天井の雲の中だったりして↑ 客の度肝を抜いたようである。産業革命が始まり数十年経ってモーツアルトが出現した頃、オペラの客席には富裕な庶民も入ってきて、オーケストラは現在のように客席最先端のボックスに収まった。そしてオペラ劇場は演じる側と観る側に完璧に別れ、芸術に様変わりしたのである。

 時代と共にオペラは変わった。そういうテーマの一か月分の収録がどんな風に放映されるか?連日、一日4回の放映をどうかご高評ください!
posted by opera-okamura at 23:21| Comment(0) | 日記

2005年06月15日

キーンさんに褒められて光栄だ

(6月15日 記)
 「日本人の美意識」は僕の能底を突き上げた本である。我々日本人が気が付かない、日本人という、世界の色々な人種が交流しあい、侵略されあった歴史の後で、やっと世界に登場してきた他民族の色の付かない真っ白な特殊民族が古来からもつ、極めて特殊な美意識を懇切丁寧に解説し描き出した名著で、その著者はドナルド・キーン、コロンビア大学名誉教授、ーー日本人以上に日本を知っている日本研究の泰斗である。

 そのキーンさんに拙著が褒められた!!「波」ー新潮社、6月号にこうある。
「オペラの時代に」岡村喬生==歌手が書いた本は、かなりの数にのぼる。多くは自叙伝で、厳しい訓練を受けた後、初舞台で注目され、ミラノやニューヨーク等々で大成功を重ねてから、現在、若い歌手を育てている話などである。「オペラの時代に」はそれらとは全く違う。歌手である岡村喬生はオペラの歴史から代表的な作品の背景と粗筋を実に読みやすい文章で書き、その上、自分の舞台上の体験(小さな失敗も含めて)を織り込みながら大変楽しい本を書いた。==

 モーツアルトのオペラはなぜ一定速度なのか?その答えは、照明が弱かったので、オーケストラは自由に速度を変えることが出来なかったからだと僕は考える。モーツアルトの前は貴族がオペラの客だったから、自然光がある時間の昼間に上演し、モーツアルトの後になり平民がオペラ座の客席に入ってきてからは、産業革命でガス照明/電気照明が出現したから、指揮者が自由に速度を変化してもオーケストラの楽員は楽譜を見て演奏しながら指揮も見ることが出来るようになった。そしてヴェルデイやワーグナー後期の作品が出来、指揮という職業もオペラに登場した。オペラは時代と共に変わった。それを書いたのが「オペラの時代に」である。
 キーンさんに認められて実に光栄である!
posted by opera-okamura at 12:52| Comment(0) | 日記

2005年06月07日

車内ショー

(6月7日 記)
 地下鉄車内には立っている人は居なかった。でもその車両は客席がほぼ全部ふさがっていた。子供は一人も居ない。梅雨前のけだるい午後のほんのひとときを、単調な電車の動きに、みな安らかに身を任せていた。

 真ん中の座席のそのまたど真ん中で、活発に動いている二人の女の子だけが、周りと全く違う目立つ動きを一心不乱に続けていた。二人は全く同じ大きさと型の長方形の大きな鏡を顔の前にかざし、まだ幼い顔を横に回したり、縦に長くしたり、唇を突き出したりして刷毛で何かを塗りまくる。何とか言う流行のメイクなのか、顔全体が異様に黒く目のふちが狸のように隈取りしてある。一生懸命日焼けさせたのか、むき出しの二の腕も、パンテイが見えそうに短いひだのミニスカートからヌーっと出る足も、お揃いの真っ白いルーズソックスとコントラストをなし、こげ茶色の煉瓦のようである。染めた金髪もお揃いで、太ったとうもろこしのように長くもじゃもじゃ。自然、全乗客の目線は二人に吸いよされるが、彼女たちは全く気にしない。
 と、電車が揺れて一人が鏡を手から滑り落とした。前に座っていた中年の男性が立ち上がり拾おうとするや、「有難うございます」と可愛らしい幼い声でひどく恐縮しながら、素早くそれを自分で拾い、そのやりとりを見もしないで顔面変装の作業を続ける相棒の横に座りなおし、又、作業に戻った。

 二人の車内ショーは数駅通過の間も続いた。電車は渋谷駅のホームに滑り込んだ。大勢の客が立ち上がった。相棒に袖を引かれて二人も立ち上がった。座席で半分お尻の下に敷いていた大きなバッグにそれぞれが広がった安物の化粧道具を乱暴に詰め込み、急いで二人は相次いで出て行った。
 動物園で小猿がノミを取り合っているのを見ていたような午後の無料ショーは、そこで終わった。
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2005年06月05日

貧乏人の方が幸福だ!

(6月5日 記)
貧乏人の1万円と村上ファンドの村上氏の1万円。1万円の市場価値は全く同じでも、二人にとっての価値は天地雲泥だろう。13時間も営々と肉体労働をして得た1万円と、たった一本の一分間の電話でそのうん百倍も稼いでしまう1万円だ。

と考えると、貧乏人が金を稼ごうとしているモチベーションと長者のそれとは、これ又、物凄い違いがある。貧乏人は一生懸命、額に汗をして稼ぐのだから、貴い金を手にしようという涙ぐましい考えで働き、長者は労働の対価としてではなく、利ざやとか値上がりとか、市場の原理を応用して簡単に手に入ってくるものとして稼ぐだろう。

ホリエモン氏や村上氏の報道を見聞きするとそう考えざるを得ない。人間にとり遙かに健康にして幸福なのは貧乏人の方である!あぶく金を持たない方が遙かに幸いだ、というのは引かれ者の小唄ではない。と報道は教えてくれる。
posted by opera-okamura at 00:00| Comment(0) | 日記