2005年07月31日

人情歌物語 台風下の公演

(7月31日 記)
 「公演はありますか?」前夜から主催者には問い合わせが相次いだ。会場は240席程しかないからとうに売り切れ。舞台上にパイプ椅子を出しても立ち見が出るほど券は売れていた。

台風7号が関東を直撃した26日夜。沼津で僕は「人情歌物語」再演をやっていた。前夜にN響が九州で公演をしていたのでクラリネット首席の磯部さんはその日の朝一番の新幹線で沼津を目指した。ピアニストの安田君はこれも朝一に埼玉の自宅から在来線を選んで沼津入り。僕は主義として、危険があるときは前夜から現地に泊まるから。問題はなかった。演奏者3人は無事に3時間前に会場に到着。だが公演をやるか否かについての問い合わせは引きも切らなかった。東京から来る客からはキャンセルが相次いだ。作曲の大中恩・先生も翌朝の東京での仕事に出られなくなる恐れがあるので来られなかった。

――人足・松、遊女・お秋。両方会わせて2時間弱。僕は、歌い喋り通しの休み無し。シューベルトの「冬の旅」1時間15分より、どんなオペラの主役より長い“歌い喋り”の連続! 既に昨年、ここ沼津と上野の文化会館で上演したが、今回が初めての暗譜。山本周五郎の短編二つを脚色し始めてから既に3年ほど、大中さんが作曲を初めてから2年。底辺に生きる男女の悲哀を描いた和魂洋才の新モノオペラは、薄氷を踏む思いで口演する僕を、ピアノが入らないときだけでなく、弾きながらもプロンプターを務めてくれた安田君の名アシストで、かなり間違いはしたが、大成功裡に終わった。

キャンセルがかなり出たのに客席はほぼ満員。直撃台風とのテレビの予報にもかかわらず普通の雨の日だった沼津だったから当日売りがかなり出た。大中先生からは、行けば良かった、残念極まりなかった、との電話が入った。我々二人は「松」の方に1曲アリアを加えることを合意。僕はすぐに詩を書き、昨日先生にFaxした。来年4月の新宿スペースゼロでの4回公演では確定版になる。

まだ誰も手を染めたことのない現代風浪花節。演技者は僕一人、曲師がクラリネットとピアノ。来年9月にはNPOみんなのオペラの2006年度公演として上演する。
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2005年07月23日

練習寸景

(7月23日 記)
 「きゃーっ!」「しっかりしろ、男だろう」「女になりてーんでしてして!」。暗黒の中に置き去りにされたパパゲーノが頭を抱えておびえ、毅然と立つタミーノ王子の両足にすがりつき、果ては股ぐらに頭を突っ込む。――我々の「魔笛」は今、我が家の小さなスタジオで稽古の真っ最中である。

 タミーノは魔法の笛を、パパゲーノはこれも不思議な力を持つ魔法の鈴を3人の夜の女王の侍女たちから貰い、悪者ザラストロ一派に囚われている女王の娘パミーナを救いだしに向かう。鳥を採り侍女達に献上して生計をたてているパパゲーノは、パミーナに恋いこがれるタミーノと違い全く気が乗らない。だが上司の彼女たちにおどかされ、宥めすかされ、空を飛ぶ3人の天使達に案内されて旅に出た。

何倍もの競争をくぐり抜けてきた我々キャストの侍女には両組に偉丈婦がそれぞれ存在する。それぞれが180センチの身長と、ウン10キロの体重を誇る。これも厳しいオーデイションをくぐり抜けた2人のパパゲーノは160センチの小と180以上ある大の対象的体型。侍女6人、タミーノとパパゲーノがそれぞれ2人、副指揮者、演出助手と助手補、ピアニストに小生が入り、総勢15名の熱気で小スタジオはムンムン。鳥かご、笛、鈴、舞台装置のミニチュアが置かれ、片方の組の練習をもうひと組が見守り、それぞれが持ち込んだカバンやペットボトルで身の置き場もない。

偉丈婦に耳を引っ張られ宙に浮かされ、け転がされて這いつくはるパパゲーノ。「イテー!」。彼女たちに媚態ですがりつかれ迫られるタミーノ。「もっとやって下さい!」――沸き上がる笑い声。稽古は誠に順調!

来月からは大練習会場での、合唱も入った稽古が始まる。
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2005年07月13日

6月30日ご投稿のオペラフアン様へ

(7月13日 記)
 再度、NPOみんなのオペラホーム頁・掲示板にご投稿頂き有り難うございます。遠藤周作/松村禎三「沈黙」を海外に出したらというご意見ですが、それに対して小生は、この優れたオペラがエンターテインメント性に欠けることと、世界に存在するオペラ障壁に阻まれ難しいだろうことを、この欄の前の項で書きました。お互いに反論ではない意見のやりとりでした。

 「沈黙」は小生、一度しか鑑賞してないので軽々しくは言えないのですが、日本の国民オペラという範疇には入らない作品だと思います。確かに仰るように西欧の一神教と日本の多神教の両方に跨るテーマを持ち汎世界的作品ですがーー。世界には「磨弾の射手」−ウエーバー、「ボリス ゴドノフ」―ムソルグスキー、「青髭公の城」―バルトーク、「売られた花嫁」―スメタナ、「儚い人生」―ファリア、などの宗家イタリア・オペラに対して出てきた国民オペラと言われる、ヨーロッパのオペラ辺境諸国の、自国の作曲家が、自国の言葉で、自国を舞台として、自国の音楽語法で創作した、オペラのナショナリズム運動と言うべき作品群があります。「沈黙」は音楽語法の点でこの中には入らないのでは?別に世界に出るには国民オペラでなくてもいいのですが、非西欧文明国の作品は国民オペラの方が、世界のレパートリーになり易いのではないかと、永年向こうの劇場で色々な作品を歌った小生は考えます。世界では和製の何万倍ほどもあろうオペラが創られ消えていきました。世界オペラのレパートリー第一号「フィガロの結婚」が出来たのはモーツアルトによる奇跡でした。「ヴ↑ ォツェック」―ベルクより「沈黙」の方が美しい音を出していたと言われますが、その通りで、批評家が何というかは別として、「ヴォツェック」は世界のレパートリーではありません。小生はこの作品も歌いました。又、誠に残念ながら、日本人が誇る漫画もアニメも、少なくとも僕の住んだ過去のイタリア、オーストリア、ドイツでは、日本人が考えるほどにはその存在を誇ってはいませんでした。今は知りませんが、日本人は日本が誇る程には日本の文化は世界では未だに評価はされてはいない、だから難しい、と考えて、文化/オペラの輸出を考えた方が良いと思います。

 「魔笛」は連日練習を重ねてます。どうか期待をして僕の創るエンターテイメントを観てください。ご投稿に感謝しつつ。
posted by opera-okamura at 23:02| Comment(0) | 日記

2005年07月07日

日本人の手になるオペラ 

(7月7日 記)
 NPOみんなのオペラ・ホームページ掲示板へのご提案(6月30日)へのお返事を書かせて頂きます。小生がこのNPOの芸術総監督です。

 ご趣旨は、当NPOが日本で上演しても不自然でないオペラ上演をする事には賛成だが、「魔笛」と「蝶々さん」だけでなく、日本人作曲家による日本を舞台とした作品をもっと上演し世界に出して欲しい、というもので、遠藤周作・原作、松村禎三・作曲の「沈黙」と青島広志・作曲「黄金の国」をあげておられます。実は小生も「黄金の国」は観たことがないのですが「沈黙」は拝見・拝聴しました。おっしゃるとおり後者は素晴らしい作品だと思います。しかし当NPOはオペラ後進国日本でオペラを大衆化することを最大の命題としており、それには「沈黙」はあまりにも重い、オラトリオ的オペラでありすぎて我々の手での上演は、もっと後になってからです。

 世界のレパートリーとなった、日本の国民オペラはまだ残念ながら、一つとして出現してはおりません。日本で最多の上演数を誇る団伊玖磨の「夕鶴」だってそうです。白人が白人のために創ったオペラという舞台芸術が、何よりも日本語という障壁を盾にして、アジアの日本という国を視野に入れてないからです。この障壁を越えるのは容易ではありません!全部を観てないので軽々しくは言えませんが、次々と出ては消えていく日本人の手になるいわゆる創作オペラは枚挙につきず、その中で「沈黙」は際だった作品だと思いますが、世界の歌劇場での上演には、上記の障壁と、そのエンターテイメント性という点で大変な困難が予想されます。

 「蝶々さん」を2年に亘りご覧いただき有り難うございました。「魔笛」は、それが初戦されたときのように、エンターテイメントとして創りました。ご覧いただいた後のご意見を楽しみにしております。我々は「蝶々さん」「魔笛」だけではなく、日本で上演するのに相応しい作品を他にも創ります。来年公演の新モノオペラ「人情歌物語―松とお秋」にご期待下さい。
posted by opera-okamura at 00:06| Comment(0) | 日記