2006年06月23日

都会の裸体

(6月23日 記)
 富士山を窓外に望む温泉の一画、ジャグジーの吹き出口に数人の老人達が陣取っている。他に客はまばらだ。6月のウイークデイの山中湖はまだ閑散としている。老人達は顔馴染み同士らしい。のんびりと湯に浸りながら談笑している。最も頑健そうな老人が色々と周りの世話を焼く。陽に当たる首周り、手足の褐色が目立ち、頭にも体にも幾つもの傷あと。がっちりした短躯は肉体労働の人生を如実に物語る。

 「毎日くるの?」人なつっこい笑顔を浮かべて、彼はジャグジーに近づいて行った僕に話しかけて来た。「いやー、たまにです!」そして、ごく近くに行った僕の顔を確認した彼は、無言で顔を背け、湯船からそろりそろりと体を出そうとしている老人に近づいていった。見慣れない僕をその辺りの人間ではないと知って老人は話しを中断したのだ。

 都会に住む、金儲けに余念のない男と間違われたのではないだろうか?そういう隙を僕の顔が、そして日焼けのしてない生白い裸体が現しては居ないか?腕を仲間の肩に入れ、股間を隠そうともせずに出口にゆっくりと近づいていく老人の褐色の裸を見ながら僕は反省した。
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2006年06月18日

金は稼ぐもので儲けるものではない

(6月18日 記)
「金を儲けるのは悪いことですか?」――村上・被告。「いえいえ、悪いことではありません。でも恥ずかしいことです」――国民。「何故ですか?」――村上。「金は稼ぐもので、儲けるものじゃないですか!それを理解しないから貴方には前科がつくのです」――国民。

 「法に触れないから私は総裁を続けます」――福井・日銀総裁。「法に触れないけど、貴方は日本の金庫の番人でありながら金を儲けた、恥ずかしいことをしたじゃないですか。法律では総裁をやめることはないが、恥を感じて自発的に辞職したらどうでしょう」――国民。

 こんな国に日本はならねばならない。金は稼ぐもので儲けるものではない。
posted by opera-okamura at 09:47| Comment(0) | 日記

2006年06月09日

頭の体操

(6月9日 記)
もこう栓をしたワインの瓶がある。栓抜きはない。どうやってこのワインを飲むか?――勿論、瓶を割ったりしてはいけない。

 この設問は、今朝の「頭の体操」というNHK・ラジオ深夜便でのもの。トイレに起きたついでに耳にした。――ラジオの答えは、栓を押して瓶の中に押し入れて飲む、というものだった。栓は抜くものだ、という常識を覆すものである。

 しかし、僕はもう一つの答えを出そう。栓は指でつまんで抜くのだ。――設問で、ワイン瓶は未開栓だとは言ってない。だから栓はつまめるように頭を出しているかもしれないではないか!!

 頭は使うためにある。僕の頭は、早朝、トイレに起きたときに一番効率的に使われてしまう。通常の時間帯でいう風に働け!
posted by opera-okamura at 17:51| Comment(0) | 日記

2006年06月05日

貧乏人の方が幸福だ!

(6月5日 記)
貧乏人の1万円と村上ファンドの村上氏の1万円。1万円の市場価値は全く同じでも、二人にとっての価値は天地雲泥だろう。13時間も営々と肉体労働をして得た1万円と、たった一本の一分間の電話でそのうん百倍も稼いでしまう1万円だ。



と考えると、貧乏人が金を稼ごうとしているモチベーションと長者のそれとは、これ又、物凄い違いがある。貧乏人は一生懸命、額に汗をして稼ぐのだから、貴い金を手にしようという涙ぐましい考えで働き、長者は労働の対価としてではなく、利ざやとか値上がりとか、市場の原理を応用して簡単に手に入ってくるものとして稼ぐだろう。



ホリエモン氏や村上氏の報道を見聞きするとそう考えざるを得ない。人間にとり遙かに健康にして幸福なのは貧乏人の方である!あぶく金を持たない方が遙かに幸いだ、というのは引かれ者の小唄ではない。と報道は教えてくれる。
posted by opera-okamura at 09:35| Comment(0) | 日記