2007年12月25日

国際改訂版「マダマ バタフライ」顛末記―55

 今年最後のブロッグになった。奇しくも今日はクリスマス。我々日本人は西欧のキリスト教徒と同じようにキリストの生誕の日を祝うが、決して彼らのように唯一絶対の神の子が生まれた日だからといって祝っているわけではない。世界中が浮かれているから便乗して騒いでいるのに過ぎない。思えばおかしな話である。
「神も仏もないのか!」と我々日本人は苦難に面したときに言うように、確かに日本人には、キリスト教徒やマホメット教徒のような之という絶対的な信じる一つの対象は無い。だが一つの絶対的存在を信じる方が、信じない方よりも良いのか悪いのか、得なのか損なのか、優秀なのか劣等なのかは解らないことである。そして、今はいざ知らず、オペラ「マダマ バタフライ」の明治時代には、日本仲間社会が創り上げて来た人間の生きる規範は厳然と我が国には,神の代わりの如くに聳えていた。

オペラ「マダマ バタフライ」には、主人公・蝶々さんの母代わりと言ってもよい侍女・すずきが、仏壇に向かい、「いざぎ、いざなみ、さろんだしこかみ」と変てこな神道の祈祷文がある。「いざなぎ、いざなみ、猿田彦の神」となるべきだが、明らかな神仏混同である。明治時代に入るまでは、神も仏も無いのか!と今でも言うように、神仏は混同されてきた。だが明治政府は神道をもって国家宗教とし、神仏を分けた。1887年、明治18年に出たロテイの「お菊さん」にはまだ神仏混同の庶民生活が描かれている。これを参照した、オペラの原作、ロングの「蝶々夫人」もべラスコの同名の戯曲も、よってオペラの作者、プッチーニと二人の台本作家・イリカとジャコーザも我が国の宗教を混同してしまったのは無理からぬことである。「お菊さん」の中から、神仏混同ととられる場面を抜粋する。

――ロテイが彼の一時妻・お菊さんと住む家の家主、初老のマダム・プリュヌ(お梅さん)が朝にあげる年とった牝山羊の混迷した啼声はーー「おお、力の王なるアマ・テラス・オオミ・カミ、国の為に一身を犠牲にしようとしているあなたの忠実な国民をいつまでもお守りください。私もあなたのように神聖になれるように、そうして、私の心からあらゆる暗い考えを遂い出せるように、私をお恵みください。私は臆病者で、そうして罪深い女でございます。私の臆病と罪深さを、北風が塵埃を海に吹き払うように、祓い清めて下さい。私のあらゆる汚れをば、人が加茂の川水で汚れを洗い流すように真白く洗い浄めてください。――世界中で一番の金持ちの女になれますように私にお恵みを垂れてください。――(略」――おお、アマテラス、オオ・ミカミ、私はあなたより外に拝むお方とては一人もありません。等、等。」―――そしてその同じお梅さんがロテイ乗り組みの軍艦を訪れ、ロテイの船室に飾られた大きな仏陀が玉座の上に座り、その前に漆の盆に銀貨がいれられたあるのを見て、この上もなく真面目になり短い祈りを捧げ、背中の後ろに煙草入れや小さい煙管と一緒に、膨らんだ帯に挟まれた紙入れを引き出し、礼拝しながら信心深い賽銭を盆の中に入れるのである。――

神仏混同と誤認しても仕方ないとしても、オペラ「マダマ バタフライ」には日本を西欧と同じ一神教の国だと誤認してしまったのは、神―神道と仏―仏教の混在に気がついていたのだから当然、自分たちとは違って一つの神を信ずる筈はないと思うべきなのに、そうでなかったのはこのオペラの原作の日本誤認で一番大きな間違いなのであるが、それは次回に回そう。

 来年は正月元旦にお目にかかります。どうか皆さん、いいお年をお迎えください!――続く。
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2007年12月18日

国際改訂版「マダマ バタフライ」顛末記―54

昨年12月10日から始め丁度1年を経過したこの連載。それは、併記して書いてきた、山本周五郎の二つの原作を脚色し、日本国民オペラを創ろうという悲願と同じく、世界のオペラ界で既に名作として誉れの高い、わが日本を舞台とした「マダマ バタフライ」が、世界中で日本を誤認してない姿で上演され続けられることを達成し、日本の舞台芸術作成の高さを示したいという願望からのものである。
 「マダマ バタフライ」原作の日本誤認で一番大きなものは、日本の宗教についてである。日本人が西欧と異なる宗教をもつことは、プッチーニとその二人の台本作家も原作で認めている。それは、蝶々さんが米海軍士官ピンカートンの宗教に密かに、長年使えてきた忠実な侍女すずきにまで内緒で、結婚式を挙げる前夜に改宗したというオペラの筋書だけでも明らかである。しかし、では日本人の宗教とはどんなものなのかは、描かれてはいない。そして西欧人、いや、戒律の厳しい宗教を信じる人々、それはとりもなおさずキリスト教徒やイスラム経徒のような一神経徒たちなのだが、彼らは他の宗教も必ず一つの神という絶対的な存在を信じていると理屈なしに頭から信じてかかるという過ちを侵すようである。

――ロテイも同じ過ちを侵している。彼の日本体験記「お菊さん」の中にはこんな記述がある。「クリサンテエムー(お菊さんのこと。ロテイは彼女を長崎滞在の一時妻として同棲している)−は、仏教徒であるから、睡気に打ち克たれながらも、時たま寝る前に祈ることがある。彼女は私たちの一番大きい金色の偶像の前で両手を打ち合せて祈る。けれども祈りがすむと直ぐその下から子供らしい嘲弄の微笑を漏らす。彼女の母のマダム・ルノンキユルの家へ行くと、かなり立派な仏壇がこさへられてある。彼女のOttokesたち(彼女の先祖の佛霊。――おとけとあるはほとけのことで、イタリア人もフランス人もほという発音を通常しないことは前項で書いた)に対しても彼女は拝むのを私はよく知っている。彼女は祝福と幸運と知慧を仏に祈るのである。・・・彼女の神々と死者に対する観念のどんなものであるかを、誰がわかるだろう? 彼女には魂があるか? 彼女には魂があると自分でも思っているだろうか? 彼女の宗教は此の世界の如く古い神の系図の或る一つの曖昧な混沌(カオ)であって、それは非常に古い事物に対する尊敬心に依って保存され、また私たちの中世期の時代に支那の伝道者に依って印度から齎された最後の幸福な虚無(ネアンーーねはん)に関する近代的な思想に依って保存された宗教である。坊主(ボンズーーぼんずとロテイは聴き、それがオペラの中の蝶々さんの叔父ぼんぞーになったのでは?)たち自身でさへの迷っている。――まして況んや、寝ぼけたムスメのあたまの中で、幼稚と軽浮の接ぎ合わせで、何物になり得よう?・・・」

ロテイは勤行中の高僧たちに強引に接見させ、彼らがフランス産のワインを賞味し、ロテイと会話をしながら、遠方にいる病人に、丸めて噛ませるために筆で書いた小さい加持祈祷の護符をこさえたりすること、そして、彼らの軍艦を答礼に訪れてきて俗な雑誌に見入り婦人の絵の上で丁重に指をもじもじさせる様子をも「お菊さん」の中で書いている。――続く。
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2007年12月11日

国際改訂版「マダマ バタフライ」顛末記―53

 オペラ「マダマ バタフライ」の第一幕、蝶々さんとピンカートンの結婚式のちょっと前に、蝶々さんが袂の中から幾つかの仏像を取り出して、ピンカートンにGli Ottoke(ほとけ様。--Gliはイタリア語の複数形の定冠詞)と言って示す場面がある。ほとけのhoという発音はイタリア語にもフランス語にもないものだから、おとけ、となったのであろう。
だからロテイの「お菊さん」の中にも、お菊さんが日本語でちゃんと“ぼとけさま”、と発音したのであろうに“おっとけ”と仏像、祖先の仏霊のことを言っている文章がある。オペラで、前記お菊さんが、袂という奇妙なところから仏像を出す、日本誤認場面は、ロテイの著書「お菊さん」の次のような記述から来ているのであろう。

クリザンテイム(お菊さん)は、日本のすべての女と同じように、いろんなたくさんなものを彼女の長い袂の内側にしまって置く。その中はかくしのようになっている。

彼女は其処へ、半紙や、薄い日本紙に書かれた色々な書付や、坊主のこさへた護符や、また殊には最もおもいがけない用事に使用する絹のような紙の折り畳みをたくさん入れて置く。それは急須を拭いたり、草花の濡れた茎を持ったり、或いは必要の生じた場合に彼女のおかしな小さい鼻をかむために使ったりするのである。――手当(オペラシオン)が済むと、彼女はその使い済みの紙片を手早く皺くちゃにして丸め、そうして厭やそうに窓の外へ投げ出す。――。最も上流の婦人たちも日本では斯うして鼻をかむのである。

―――実は、相当昔のことになるが、僕が始めてヨーロッパに着いたときにびっくりしたのも、向うの妙齢のご婦人たちが、大きな音を出して、平気で人前でハンカチで鼻をかむことであった。――続く。
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2007年12月04日

国際改訂版「マダマ バタフライ」顛末記―52

明治元年、1868年の9年前に徳川幕府は長崎、神奈川、函館を開港し、英米仏蘭蘭露との貿易を許したことは既に書いた。これら諸国の船は、当時東洋において珍しかった日本最初の近代的大型ドックのある長崎で、遠洋航海で疲れた船体を修理し艤装を整えた。このドックは上から見た様子から、そろばんドックと呼ばれ英国人政商トーマス・グラバーが明治元年、1868年に造ったものであった。長崎港を見下ろす丘の上のグラバー邸の主だった人である。それらの船の一つがピエール・ロテイの乗り組むフランス海軍ラ・トリオンファントである。1885年7月7日に長崎に入港したとき、長崎湾には多くの各国の船がおり、このそろばんドックには既にロシア海軍のフレガート型艦が入っており、ほぼ一月待ってラ・トリオンファントはドック入りをした。長い台湾封鎖でねじめのゆるんだ船腹を修理するためとロテイは「お菊さん」で書く。明治の日本が西欧列強にとり世界の最後の植民地候補で、垂涎の貿易相手国であったことが覗われ、長崎が如何に当時の国際港であったことがわかる。
 維新後、初めて書かれた日本体験記、ロテイの「お菊さん」の中から、オペラ「マダマ バタフライ」に採用されたであろうことがらを書き続けることにする。

  オペラの冒頭シーンは、短い、急速な序奏に続き、外国の船乗りに日本人女性を周旋するごろーが米国海軍士官ピンカートンを伴って、彼がピンカートンから請け負って造った、ピンカートンと蝶々さんの新婚の家を彼に見せるところで始まる。家は障子を開け閉めすることで如何様にでも間取りが変わる、西欧人にとり甚だ珍しい。「お菊さん」にはこう書いてある。

――毎晩、宵の口に日本のすべての家々で、あの数知れぬ雨戸を引いては閉める騒がしい音は、いつまでも記憶に留まるべきこの国の事物の一つである。近所の家々から、青々した小庭の上を這って、これらの音は順々につながって、或いは遠く、或いは近く、聞こえてくる。――そして雨戸(これがオペラでは障子になった)の描写が延々と続く。――そして今度は、これまたオペラの第二幕で長崎駐在の米国領事シャープレスが、夫・ピンカートンの帰りを、侍女のすずきと共に一刻千週の思いで待つ蝶々さんの家を訪れたときに、すぐに薦める場面がある、煙草の火鉢のことが書かれる。僕のような昭和一桁生まれの者はまだ一般家庭にそういう火鉢があったのを記憶しているが、これまた障子や雨戸と同じく、ひどくロテイには珍しいものだろう。

――クリサンテイム(お菊さん)はジプシイの女のような格好で、赤い木の四角い箱の前にうずくまる。その箱の中には小さい煙草の壷、火の入った焼き物の小さい火鉢、――それから灰を落としたり唾を吐いたりするための小さい竹の筒まで入っている。(下の階にはマダム・プリユヌ(==お梅さんという大家さん==)の煙草盆がある。そうして他所にも又、すべての日本の男の煙草盆とすべての日本の女の煙草盆が丁度同じように、同じ道具がこうして入っている。――そおうして何処へ行っても、貧乏人の部屋の中でも、金持ちの部屋の中でも、いつもそれが畳の上のどこかに置かれてある。ーー続く。
posted by opera-okamura at 23:09| Comment(0) | 日記