2009年03月23日

南北の巨匠シリーズ、その1「モーツアルトとロッシーニ」

20日の「冬の旅」には大勢のお客様がお越し下され、拙唱をお聴きいただきました。東京文化会館の係の方がお客様からの質問だと終演後、アンコールの曲名を聴きに来られましたが、第1曲目が「春への信仰」、第2曲目が「憩い無き愛」、第3曲目が「影法師」ーー歌曲集「白鳥の歌」より、でした。アナウンスして演奏すべきだったと反省致します。ーー第11回目になる小生の講演会「オペラクラス」は、これまでと同じ新宿、ヤマハ・リフラプラス(JR新南口1分)で4月12日(日)16:00〜17:30「モーツアルトとロッシーニ」ですが、この回よりヤマハは協賛にまわり、NPOみんなのオペラ単独主催となり、一般3500円、サロン会員2500円とお安くなりました。==オペラはイタリア・フィレンツエに始まりドイツ語圏、フランス、英国に伝播しましたが、常にオペラの中心はアルプスの南北、イタリアとドイツ語圏にあり、その勢力争いはモーツアルトが北に引っ張るとロッシーニが南に戻し、次に、ヴェルデイとワーグナーが同時に綱引きをし合い、プッチーニとR.シュトラウスがその綱を受け継いで引き合いを続けました。そのつばぜり合い、題して「南北の巨匠シリーズ」その1「モーツアルトとロッシーニ」に是非おみ足を向けて下さい。
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2009年03月16日

良いか悪いかじゃない、好きか嫌いかだ

昨、15日(日)産経新聞の記者は「人生を彩る喜びの泉」と題して、歌も食も人生を重ね本当に深い喜びを知るのだという、秀逸な記事を小生のために書いてくれた。面はゆい。確かに喜寿を過ぎ、人前で歌を歌っている身は、歌と、そして生身の人間として当然ながら食に、永らく関わってきたが、自分の歌を本当に心からお客様が上手いと喜んでいただいているのか、そして、美味いの不味いのと言って食べているものが本当に美味い物なのか否かは、正直に言って、よく解らない。しかし、歌にも食べ物にも、良いか悪いかとかいう万人に通じる絶対価値はない!あるのは好きか嫌いかという、個人の好みだけである。という甚だ独断的な判断基準で僕は生きているし、これからも生きていく。だからこを、お客様の前に老体を晒すことにも、そして、カウンターの向こうの老板前に物言いをつけることも出来るのだと自負するのだ。申しわけありません!
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2009年03月12日

菩提樹は町の外に立っていた

何か書いてるのが習慣となってしまったのに、船に乗っていて一ヶ月間も投稿出来なかった、などと前回書いたのだが、どうも、書く癖を忘れてしまったのか、いつもの1週間おきのリズムが崩れて、10日間も前回から空いてしまった。ーー実は、オーストラリアクルーズのことを書くつもりだったのだが、10日後に迫った今年の「冬の旅」の恒例のプレトークのことを考えているので、それに触れよう。イヨルグ・デームスが今年はピアノを弾いてくれるが、彼とのトークはいつも打ち合わせ無しのぶっつけ本番、というよりも、打ち合わせたところでどうせ主題が変わってしまうのでぶっつけにならざるを得ないので、僕の話そうと思うことを、述べさして貰う。ーーNHKテレビ「課外授業、ようこそ先輩」で取り上げたが、「冬の旅」の第5曲「菩提樹」。「町の門の前の水飲み場の傍に、一本の菩提樹があった。自分はその木陰で沢山の甘い夢を見た」==Am Brunnen vor dem Tore, da steht ein Lindenbaum. Ich trauemt in seinem Schatten so manchen suessen Traum==の訳である。Am-特定の、人の手の関わった水のある場所=水飲み場、Tore-特定の門=町の門。つまり水飲み場は町の門の外にあり、旅人に水を供するのを主目的としてあり、その町に入ってきて乙女と恋に落ちたが、彼女は金持ちと結婚し、若者は裏切られ、町の住人となることを諦めて、同じく町の外にあって自分と同じくよそ者として立っていて、いつも同じよそ者としてその木陰に憩い、甘い夢を見た菩提樹のそばを通り、冬の真夜中に若者は町を去っていく、というのである。お解り頂けたであろうか?
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2009年03月02日

異大陸の猛暑

一ヶ月間このブログはオーストラリア一周クルーズの為にお休みをせざるを得なかった。東京新聞に8年と1ヶ月間、週一回の「本音のコラム」を担当して以来、何かを書くのが習慣となってしまってから書き始めたこのブロッグだったが、船上にてインターネット接続の方法が解らず、一月間のものを書かない時間は長かった!日本でも散々報道されていた46・7度という猛暑を体験したメルボルン。戸外に出ると覆うものがない天からの熱気は、もしあれが日本でのことだったら、水分が蒸発してしまって、パニックになったことだろうと思える、30度を過ぎた程度だと感じた街中だったが、電車を降りて数百メートルを船まで歩いている間に吹き付けてkる海岸の砂が混じった熱風はすさまじかった。そしてメルボルンからたった2日間の航海で到達したオーストラリア大陸最南端のタスマニア島ホバート港では日中の温度は17度と、メルボルンとは30度も低い。船の時速は約30キロだから、1000キロ離れると30度も違うのだから、まさに異大陸の体験だった。1000キロなら東京から広島くらいの距離だろうか?何があっても30度の温度差は生じないだろう! 
posted by opera-okamura at 15:36| Comment(0) | 日記