2009年04月30日

日本は一神教の国!

前回のこのブロッグで報じた、正しいオペラ「マダマ バタフライ」シンポジウムは10月31日(土)東京・イタリア文化会館、11月1日(日)長崎=会場未定=の予定である。前回は蝶々さんの叔父、坊主のぼんぞーが、実の姪の蝶々さんをさん付けで ”かみさるんだしーこ” という、多分猿田彦の神を意味する、仏教の僧侶が神道の道祖神の名前らしきものを叫び面罵する、日本誤認のことを書いた。だが、このオペラの現行、リコルデイ・パリ版の日本誤認歌詞ーープッチーニの音楽には一切手をつけていないーーの中で、聴衆に、日本は西欧と同じ一神教の国だと言う間違った印象を与えてしまう歌詞は、絶対に訂正せねばならない。それは蝶々さんがアメリカ海軍士官ピンカートンと(仮の)結婚式を挙げ、蝶々さんの親戚縁者達が「おー神、おー神」と一斉に祝盃を挙げるところである。初演以来105年が過ぎ、これからも世界中で上演されるのだ。この話をすると、必ず、「いや昔から日本は神仏混合の国だから」という待ったがかかる。然り。
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2009年04月24日

「マダマ バタフライ」の日本語認歌詞シンポジウム

 マエストロ!「カミサルンダシーコ」ってぼんぞー叔父が蝶々さんに向かって怒鳴りますが、これどういう意味ですか?「日本人の君が解らないなら、イタリア人の俺に解るわけないだろう!」。−−その昔。ローマの音楽院に留学していたとき。日本人バスのお前はそのうちに絶対に歌わねばならないオペラ「マダマ バタフライ」のぼんぞー叔父・役だから、勉強しておきなさい、と先生に言われ買い求めたヴォーカル・スコアーを見せて、指揮者に尋ねたときの答えがこれだった。長崎を舞台としたプッチーニの名作「マダマ バタフライ」。それは他に幾つかある日本を舞台とするオペラの中でずば抜けた人気を誇り、1904年のミラノ・スカラ座に於ける初演以来、百年以上にも亘って世界中で上演され続けてきた、黒船来航でやっと鎖国を解いた日本を世界に紹介すること、万人の外交官に勝る舞台作品である。15歳の半玉芸者、蝶々さんは、父の切腹で没落した家計を支えるために働いていたが、外国の船乗りに現地妻を斡旋する生業のごろーに、米国海軍士官ピンカートンを紹介され、結婚式の前夜にキリスト教に改宗した。自分がひとときの慰み者であるとはつゆ
考えず、専ら夫の歓心を買おうとしたのである。彼女の叔父、坊主のぼんぞーはそれを知って烈火のごとく怒り、挙式の直後に「カミサルンダシーコ」と怒鳴り込んでくるのだ。ーーどういう意味だろう?頭をひねった。色々考えた。ーーこれは、神・猿田彦、に違いない。イタリア語に、はひふへほ、の発音は無い。彦は従ってしーこになってしまった。−−と結論づけざるを得なかった。それにしても、猿田彦は神道の道祖神である。それを仏教の僧侶ぼんぞーが罵倒の言葉として実の姪に蝶々さーんとさん付けで怒鳴るのである!!−−これは日本人がなおさねばならない。向うの人々はこの間違いには絶対に気付かない。−−そして帰国してみたら、何と日本でもこの間違いのまま上演しているのである!!知らないで上演に携わっていつのは迂闊である。だが、この日本誤認を知りながらも上演し続けるのは、国辱への加担である!ーーだから、全部で述べ11箇所ある日本誤認の歌詞を提示して、正しい日本を世界に示すためのシンポジウムを今秋に開く予定だ。
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2009年04月14日

東京オリンピック

我が家の前は国道246と3号線。それを挟んで駒沢大学と1964年のオリンピックで活躍した駒沢オリンピック公園。この公園は僕の散歩と、トレーニングのためのセンターのある、大きな癒しの空間。我が家の健康はここで保たれている。それが近頃、とみに整備されてきた。芝生が敷かれ、道路の指標や側溝が新しくなりーー。つまりそれは、IOC委員達が今秋の2016年オリンピックの候補地を一つに絞るために今日から視察にくるために備えてのことらしい。いいことである。石原知事でなくても、世界の注視を浴びるチャンスを逃す手は絶対にない。駒沢オリンピック公園を始め、どの施設も是非、東京の利点を解って貰うために頑張って、オリンピックをもう一度ここ日本にもってこようではないか。ーーそれにしても先日散見したのだが、禁じられているモーター付き車を無断で公園内に持ち込んで傍若無人に乗り回している若者のような輩を、すぐに排除して欲しい!
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2009年04月06日

人間動物園

昨夜、NHKスペシャル「アジアの一等国」を観た!日本の近現代150年を辿る企画「プロジェクトJapan」の第一回目。日清戦争=オペラ「マダマ バタフライ」が舞台とした時代、1894〜5年==に勝利した日本は清から台湾を得た。初の植民地・台湾統治に成功し、英仏などの列強と対等の一等国にならんと目論んだ日本。アジアにおいての盟主たらんとした我々の祖先は、日本を一等国、琉球を二等国、台湾を三等国とし、台湾の小数民族を1910年のロンドンでの日英博覧会で、列強が植民地の人々を見せ物にして人間博覧会として展示したように、人間動物園として出展する。「嫌だな、馬鹿にしおって!」と涙する旧制台北一中の台湾人OB.ーーーペリの黒船来航で国を開いた幕府がパリ万博に出した茶屋で接待した芸者達。大勢のパリっ子が押しかけたそうだが、彼等フランス人達には台湾少数民族の人間動物園を観たロンドン子と同じ、見下げた一等国意識があったのではないか。1904年のスカラ座初演では不成功だったが3ヶ月後の同じイタリア・ブレシャ再演以来、怒濤の勢いでロンドン(1905年)、パリ(1906年)、そしてアメリカから世界へ、と成功を重ねた、我が国を世界に知らしめた、長崎が舞台のオペラ「マダマ バタフライ」。長崎での一時の同棲の後、帰国したアメリカ海軍軍人の帰りを待ち続け、裏切られたと悟り自刃して果てる18歳の芸者・蝶々さん。彼女を初めとする「マダマ バタフライ」の中の日本人人物像は、「日本人の人間動物園」と、オペラを観る「一等国」の人々の目には映ったのかもしれない!
posted by opera-okamura at 12:13| Comment(0) | 日記