2009年08月31日

アジアに注視

首都・東京に台風が上陸する前夜、日本政治史に於ける最大の台風、政権交代がおこなわれた。いずれ成立する民主・鳩山政権は首相直結の国家戦略局を創設し、あらゆる国政のキーポイントとするという。−−年金、経済、外交、山積みする懸案に対する新政権への期待は誠に大なるものがある。僕は是非お願いしたい。総ての政策の基本となるのは世界情勢に対する対応である。わが国がいかなる国際情報収集能力を持っているのかは知らないが、世界情勢の変化を見極めてから政策を立案して欲しい。これからはアジアが世界の動きの中心となるだろう!!
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2009年08月23日

396分の1あれば!!

イタリアの宝くじ(ロットと言う)で溜まりに溜まった賞金198億円を当てた人が遂に出た!2000人の村の住人で、求めたロット代はたったの2ユーロ!!世界には運の強い人が居るのだ!!!貧乏人は嘆声しか出てこない!!!!−−198億円÷5000万円=396.つまりその396分の一あれば僕のオペラ、イタリア遠征の費用はでるのだがなー!!!オペラは満員になっても赤字、やればやるほど赤字!!!!ただ、やりたいことをやったという満足感だけでやるのだ!!!!!!
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2009年08月16日

しょんべんカレイ

丁度今頃の終戦の年。北海道は比布の村に僕ら札幌の中学生達は援農に借り出されていた。まだ12・3歳の子供だから召集令状は来ないが、その代わりに働き盛りの男達が戦地に行ってしまった農家を援けるのである。あれは焼けるような旭川盆地の昼だった。動員学徒だけに月に一度配給される塩漬けのカレイを受け取りに、僕ら何軒かの農家に配属された数人は鉄道線路の上を、新聞紙で巻いたカレイを持って比布に向かい帰っていた。汽車は日に何本しか通らないし、鉄道が最短距離である。腹はグーグー鳴る。田んぼの畦の雑草を引き抜いき、湯がいて、塩気のない醤油をかけて、食べる常食。かぼちゃのへたの塩漬けがご馳走だから、月に一度のカレイはまさに、我が一家にとっては最高のおかずだった。まだ40歳ほどなのに腰の曲がった親父さんと、同年輩のおかみさん。あとは女の子たちの一家も僕達のカレイを待ちわびているのだ。生まれたばかりの赤子が栄誉失調で死に、みかん箱に入れて親父さんが背負い、野辺の送りをして、すぐに畑に出て苗植えをしたとき。お上さんはしなびたオッパイの上を叩いて、「これが悪い、これが悪い!」と泣いていたっけ。ーー「おー
い、カレイを並べろ!」仲間の一人が叫んだ。そして新聞紙を開け、ぐにゃぐにゃの塩カレイを、目玉焼きを作れそうなくらい熱い線路の上に置いた。「しょんべんをかけるんだ!」。僕達は皆一斉に大切なカレイを並べた。どうせ口に入ってもひと齧りで終わってしまう。嗜虐的な快感があった。そして一斉に盛大に放尿してカレイを濡らし、何食わぬ顔をして、又新聞紙に包み持って帰り、おばさんに渡した。−−−その夜、粗末な食膳にいつものようにおやじさんを上座にして一家が座った。あのカレイが僕らの前の皿に収まっていた。おかみさんが言った。「学生さん、ご苦労さん!これはあんたたちに配給されたんだよ。さ、あんたたちから食べてくんなさい!」
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2009年08月07日

若杉さんを悼む

指揮者、若杉弘・氏が逝った。彼とはその昔、一緒に合唱を歌い、お互いに外国で仕事をして帰国してからは指揮者と歌手の関係で何度か一緒に舞台に上がり、オペラのキャステイングを決めたり、コンクールの審査をしたりした。彼のうちに招かれ奥さんの手料理をご馳走になったとき、大きなビフテキをぺろりと、大食いの僕がびっくりするような量を平らげた。痩せ型で僕の三分の二くらいしか体重は無いのにだ。確かに、山本直純や岩城宏之・氏もそうだったが、指揮者は運動量が多いからよく食べる。彼は持ち前の勤勉さでよく勉強していた。特に、まだろくに他の人が手もつけない作品を好んで演奏したのには頭が下がる。ご冥福を祈るや切である。
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