2009年11月30日

無題

「どのくらいの申し込みがあるのですか?」「まだ告知が行き届いていませんから、たいした数ではないですよ。どんどん受けてください」。来年5月末の「マダマ バタフライ」国際オーデイション イン 東京への応募数の質問である。2003/4年に同じオペラの国内オーデイションをやったら、1公演15万円のギャラで35名の応募があった。今度はギャラは1回40万で3回あるから120万円だし、何よりも、プッチーニのオペラの世界の中心地、プッチーニフェステイヴァル公演だから沢山集まるだろうと考えて、丸5日間をオーデイション日に当てたから、いったいどのくらいの歌手が来るのだろうか、と考えるのは当然だ。でも数に恐れをなして初めてオーデイションを受ける有望な新人が引っ込んでしまうのは困る。だから、応募人数の問い合わせには、少なくとも応募締め切りまでは極秘にすることにした。ーーですからみなさん、どうか恐れずに受けてください。オーデイション料は安いし、経験、学歴、国籍、居住地など一切を問いません。詳細はこのホーム頁から探せます。
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2009年11月22日

契約交渉ーー3

来年のプッチーニフェステイヴァル告知の 短い記者会見が終わり、ビュッフェでランチを取る間にドナーテイ・イタリア文化会館館長が僕に促した。「スポンサーを俺が見つけるから、この当たりでサインしたらどうですか」。「その契約を今すぐにしてくれるなら、サインしますよ。ーーー」。彼は大手を広げて天を仰いだ。そしてお腹を一杯にする間もなく我々は元の場所に戻った。イタリア・プッチーニフェステイヴァルでの「マダマ バタフライ」上演の契約交渉の再開である。僕の主な交渉相手はモレッテイ総監督からシモーニ理事長に代わった。彼がイタリア語を駆使して迫る。僕は金がない、の一点張りでつっぱねる。「これまでの交渉を水のあわにするのですか!」ーーモレッテイさんが僕の目を見詰める。「最も安いブロックとその次に安いブロックを放棄しますが、その代わりに、全員の滞在費を上げてください」−−−「仕方ない、あと一日出しましょう」「あと二日!」すかさず僕が突きこんだ。「あと二日!」とシモーニさんが頷き、「じゃ、160枚は削ります」とモレッテイさんが補完した。ーーかくして雀の涙ほどの増額を僕は獲得したのだった。
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2009年11月15日

契約交渉ーー2

国際契約交渉。2011年8月の57回プッチーニフェステイヴァルでの日本誤認歌詞を訂正した「マダマ バタフライ」新国際版・世界初演の為の契約はあと1歩。イタリア側が出す無料の券の枚数と、我々日本チームの滞在費を何日分イタリア側が出すか。蝶々さんなど全部で12名の歌手に裏方などを含めたチームの2週間分の滞在費の配分はどうなるか。オペラ宗主国イタリアに出演させてもらえる、という、いわばお願いしている立場として、強いことは言えない。そのことは向うもよく知っている。しかし、こっちは金がない。計算してみると5000万円ほど必要になる。これを出してくれる確かな当ては皆無。文化庁と企業メセナだけを頼りにしている身としては一円でも安くせねば身銭を切らねばならない。悪くすると家を売り飛ばすことになる。僕は頑強に抵抗した。彼らは日本語は出来ない。お互いに下手な英語でやれば対等だが、彼らは僕が曲りなりにイタリア語を話すことを知っている。イタリア語だからこっちは誠に不利である。彼らは言葉を駆使し尽くして何とか負担を少なくしようとする。金は無い。僕はその一点張りで、彼らの叩きに対抗した。そして妥結を
見ずに時間が来た。下では来シーズンのプッチーニフェステイヴァルの記者会見がセットされて50人ほどの観光関係の記者たちが待っている。−−続く。
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2009年11月08日

契約交渉ーー1

’09年11月2日。つまり今から6日前の10:45時。本来は10:00と国際電話で合意していたのだが、彼らは自国大使への表敬訪問ために10:45時になった。彼らとはプッチーニフェステイヴァル財団のシモーニ理事長とモレッテイ総監督。こっちはNPOみんなのオペラの鷲尾理事長と芸術総監督の僕。九段のイタリア文化会館の図書室にはNHKの為のTVカメラが入り照明が机上を照らしている。2011年8月「マダマ バタフライ」共同上演の契約がこれからおこなわれる。既に10月31日には「日本文化と”マダマ バタフライ”−−新国際版・世界初演に期待して」というシンポジウムが、ドナルド・キーン、立花隆、小倉和夫(国際交流基金理事長)、モレッテイ総監督、というパネリスト、それに日本誤認歌詞提示と司会・小生、という顔ぶれで、同じイタリア文化会館地下のアニエッリ・ホールで開かれ、そこでのモレッテイ総監督の発言から、契約することは規定事実とお客様には受け取られていた。事実、彼らが来日する前の1週間にはモレッテイ総監督秘書から何度も国際電話が入り、あとは、プッ
チーニフェステイヴァル財団側が我々NPOに提供するバタフライ公演の入場券、そして、我々が帯同するオーデイションで選んだ歌手と裏方の滞在費を向うはどのくらい負担するのかを交渉で決めれば、契約書にサインとなる段取りだけである。しかし、そうは簡単にはいかなかったのだ!−−続く。
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