2010年01月29日

知らないのは損なこと

男も女も、若者は足が速い、メシが早い、飽きるのが早い、物事の飲みこみが早い、怒るのも早い、喋るのが早い、そして早い音楽が好きだ。それに比べると、老人は男女共に全てが遅く、そしてゆっくりとした音楽が好きである。−−先日テレビに若い女の子が、「子供の頃両親に聴かされるゆっくりとした退屈なクラシック音楽がだい嫌いで、若者たちのロックが好きで好きでのめり込んだと」いう話しをして、自分で作ったらしい速い曲をピアノで弾きながらマイクに向かってどなり歌い、取り巻きの若い子達が椅子から立ち上がって手拍子をとって一緒に歌っていた。−−僕にも同じような思いがある。大学のグリークラブで音楽に魅せられた頃。男声合唱の魅力に取り付かれたとき。グリーの仲間から習ったウクレレを快速スピードでかき鳴らしながら、ハワイやン ウオー チャント、などを口ずさんで快いスピード感に酔ったものだった。あの頃は進駐軍のラジオ放送で聴くハワイアンが最もナウい音楽で、まだロックの時代ではなかった。60年も昔、まだテレビのない頃だ。ーーでも今や、クラッシックやオペラを商売とする身となり、(多分)、わが国で最も高齢の歌手とし
て歌っていると、あの何も知らない若い頃をほろ苦く、反省を込めて懐かしく思い返し、知らないことは損なことだとつくづく考えるのだ。
posted by opera-okamura at 21:33| Comment(0) | 日記

2010年01月20日

アジアでは滅多にないチャンス のバタフライ・オーデイション

ヨーロッパでのオペラ界ではアジアのコンクールやオーデイション優勝者だと鼻を高くして宣伝しても、あまり相手にしない。違う人種の中で優秀だと言っても、白人が創ったオペラに有色人種がいくら自分たちのお墨付きをぶら下げて売り込んできても相手にしたくない、というのが基本にあり、どうせ、彼らだけの仲間内で選らんだのだからあてにならない、ということもあるだろう。ひいては、ヨーロッパの音大で最優秀の学生だった、と自己宣伝するのも、人種はどうでも、相手にはされない。どの劇場で何の役を、誰と、誰の演出で歌ったか、というのは選考対象にはなるが、やはり、自分の耳で歌を聴き、容姿を見るオーデイションで決めるのが、本公演を聴くことに次いで重要視される。ーーだからこの5月末の東京・イタリア文化会館での「マダマ バタフライ」オーデイションは、そこで合格さえすれば、いきなり来年8月のプッチーニオペラの世界の本場で歌えるのであるから、こんなチャンスはアジアでは滅多にないのだ。いい歌手が受けてくれるのを大手を広げて待ってます。どうか、このホームページ上の応募案内をご参照ください。ーーこれからオーストラリア公演
で1週間日本を留守にします。
posted by opera-okamura at 13:11| Comment(0) | 日記

2010年01月11日

永遠の音楽

ドナウ河はヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ」のお陰で青くなった。と言われるが、まさにそうかも知れない。僕はウイーンから二時間あまり汽車で下がったドナウの畔・リンツに三年住んだが、ドナウの流れはいつも濁っていた。音楽の都、ウイーンから年始に世界中に送られるウイーンフィルの楽友協会からのテレビ中継を見ていて、小さなこの国が、フランスから指揮の巨匠プレートルを、イタリアから高名な衣装デザイナーのヴァレンテイーノを招き、世界に誇るシュトラウス・ファミリーの音楽を、ハプスブルグ王朝の残した文化を世界中に見せつける威容を羨まし思うのは僕だけではないだろう。年に一度、このときだけは、世界中が金儲けを忘れて音楽の力に酔いしれているのだ。歴史が残す教訓はいつか必ず崩れ行く建築の儚さと、いつまでも同じく残る音楽という永遠の芸術なのだ。
posted by opera-okamura at 23:38| Comment(0) | 日記

2010年01月03日

おふくろの揚げ餅

お正月には我が家一同総出で搗いた御餅からおふくろが捏ね上げたお供えの鏡餅が三重に神棚に飾られていた。総出といったって、我が家は親父、長男の僕、次男の弟、そしておふくろの男三名に女一人だけの男系家庭。戦争前の六十年以上も昔、僕が小学生の頃のことだ。北海道の鮭、数の子、大根・キャベツ・大豆などのごった漬物、昆布巻き、などのお袋お手製のおせち料理の中で、僕たち兄弟が一番楽しみにしていたのが、正月がそうとう経って、神棚の前の鏡餅がカチンカチンに堅くなり黴が肌につき始めたころ、巻き割り用の鉈を振り上げて割り、コナゴナに砕けたのを、大切そうに大なべに入れた油を沸かし、そのまま突っ込んで揚げ、箸でつまんで取り出し、ザーッと荒塩をかけ、新聞紙にとりあげて、出してくれた揚げ餅だった。小学生の口には入りきらないほど大きいのや、油が浸みこんで塩っぽいのや、さまざまな揚げ餅はあっというまに僕ら兄弟が、油だらけの手指と唇で平らげてしまったものだった。−−ほど良く油が浸みこみ、大きさが揃った揚げ餅をスーパーで買い込んできて、ポリポリと今年の正月も食べたけど、あのおふくろの揚げ餅に匹敵するのは、もう絶対に味わえない。
posted by opera-okamura at 17:24| Comment(0) | 日記