2010年07月31日

理性と情感 ??

「人は知ってないものを深く愛することができる。しかし愛さないものを深く知ることはできない」ーー加藤周一。 知=理性/エトス。愛=情/パトス、とすると、情/パトスは理性/エトスに勝る、ということ。けだし名言である!芸術家のはしくれである僕は、弟子が教えてくれた名言に接し、久しぶりに欣快を叫ぶ。あらゆる芸術は人間の産み出す、経験する、創りだす、相反する感情や事象ーー喜・怒、哀・楽、憎・愛、妬み・寛容、成功・失敗、泣き・笑い、落胆・歓喜、緩・急、高・低、ーーなどなどがぶつかり合うことによって、より価値を得る。そして、それらの理知的な処理より、心の感じるままの表現の方が、遥かに人の心を揺さぶるのだ!
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2010年07月23日

無題

安田侃の舞台装置に準じて創られたのが、今回イタリアでのプッチーニフェステイヴァルで僕が観た「マダマ バタフライ」のローマからの引越し公演だった。簡素を極めた石の置物だけの舞台である。正直言って僕には安田さんの意図がどこにあるのかが皆目わからない。明治後期。世界に出て間もない日本の未成年の芸者・蝶々さんが、既に経済大国となった米国海軍士官の不実なプレイボーイに惚れてしまい、結婚式まであげて子供も設け、帰国して音信不通の夫をあくまでも信じて3年間も待ったあげく、金髪の妻を連れて現れた夫に子供を渡してしまわざるを得なくなり、ついに自殺して果てる、「日本の悲劇」と副題をつけられたこの物語にどう関わる装置であるのか?別な観点からみると、どうにでも処理できるあの装置は、今回の上演ではまったく意味をなしてはいなかった、としか思えない。インターネットでの投票も使用したオーデイションで選ばれた主役・蝶々さんが光っていたが、なんとも未完の「マダマ バタフライ」はしかし、来年の僕たちの同じフェステイヴァルにおける成功を占ったようにも思えたのは我田引水か!
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2010年07月14日

明日から下見

明日からプッチーニフェステイヴァル財団の今シーズン開幕の「西部の娘」と「バタフライ」を観、それに集る記者たちに、来シーズンの僕が創る新国際版「マダマ バタフライ」世界初演の発表の為に、下見の渡伊である。美術/川口直次、衣裳/千地泰弘のお二人も同行される。山中湖くらいもある大きなマサチュッコリ湖に面し、人口一万ほどのトッレ デル ラーゴという村があり、プッチーニはこの湖畔の別荘をこよなく愛し、「ボエーム」「トスカ」「バタフライ」などの名作をここで作曲した。彼が喉頭癌のためにベルギーで亡くなってから、ここの湖畔野外劇場で毎夏、彼のオペラを上演するフェステイヴァルが開かれ、今年は第56回になる。劇場は3200の席を持ち、例年ほぼ売り切れるようだから、オペラの期間は一万人の町は三千人以上の人波であふれる。その半分以上は独英仏などの国外からの客。来年は千地さんの着物展示会が同じ劇場のフォワイエーでおこなわれ、京都からの舞子、芸妓がそこで踊りサービスをし、着物姿に着飾ったご婦人たちがツアーを組んで参加するから、3回のバタフライ上演期間中は、日本週間となることだろう。−−幾つかの旅行社が観劇ツアーを組みます。すぐ近くにフィレンツエや斜塔で有名なピサ、三万人の野外オペラヴェローナもさほど遠からず、、組み込む観光地や他のオペラフェステイヴァルの出し物などにより、日数も料金も色々と種類があるようです。このホームページにも情報を掲載いたします。
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2010年07月07日

地方税

テレ朝の「テレビ・タックル」という番組の最新版で、元・官僚のコメンテーターが管総理の消費税10%導入発言に関して、「ドイツのケルンでは売春税という地方税を新設した」とコメントしていた。ケルンに8年間住んだ者として言うが、我々日本人が言う地方という意味は、もともと地方都市が集って、ドイツという国を約140年前に作ったドイツでは同じではない。百万人の都市ケルンだけでなく、同じく僕が住んだ三十万人都市の港町キールも、客演した大都市ミュンヘンも首都ベルリンも、旧首都、三十万都市ボンも、ドイツ人にとっては一様に俺らが町で、そこに住むドイツ人それぞれの首都である。そして、注釈を加えれば、一跨ぎでフランスに入れるケルンで稼ぐ売春婦たちは、いかに醜業婦とはいえ顔見知りの居ない所で商売したいのだから、その多くが出稼ぎのフランス女性。だから売春税をかけることに住民の抵抗はないのだと思う。
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2010年07月03日

役者ごろー

オペラが浸透していない日本では致し方ないことなのだろう!ーー去る5月29日に4日間のイタリア文化会館におけるオーデイションで8名のゴロー役への応募者がいたのだが、誰一人として、ゴローという役を任せられる歌手は居なかった。蝶々さん、すずき、芸者9名、蝶々さんとすずきのアンダースタデイーは、モレッテイ総監督ともどももろ手をあげて任せたいという人ばかりだったのだがーー。オペラ「マダマバタフライ」のゴロー役は主役ではない。だが、間もなく現地でプッチーニフェステイヴァル合唱団の中から選ぶ一声だけの「やくしで」、のような全くの端役ではない。演技の上手い歌役者が受け持つ重要な役どころである。こういう役を専門とする歌手を擁することが、オペラ座の良し悪しを左右するバロメーターの一つなのだ。今回の共催相手のプッチーニフェステイヴァルは、夏の間だけの祝祭劇場で、専属歌手を持たない。だから主要日本人役のオーデイションを東京で催したのである。僕が欲しいゴロー役は、西欧を過剰崇拝し、下に威張り上にへつらう、金の為に生きている女衒である。その演技で是非ゴローを任すことのできる人を、11月29日(月)のイタリア文化会館(九段下、靖国神社のそば)でのオーデイションで見出したいものである。ーー要綱はこのホームページのトップページから検索できます。
posted by opera-okamura at 11:20| Comment(0) | 日記