2011年01月27日

無題

女性の着物をきちんと着るには、襦袢、腰紐、足袋、草履、と種々の付属物が必要なことは、着物を着たことのない外人は解らない。日本人だって僕のような外国生活の長い男性には解らないことである。なのに、イタリア人だけの合唱団に着せて、長崎を舞台とするオペラで、主人公、蝶々さんの親戚の女性たちを演じさせようというのが、今夏8月の「新国際版マダマ・バタフライ世界初演」3回公演である。勿論、着物着付けのプロを連れていくが、初めて手に取る本物の着物を着せるときを思うと、気がおかしくなる。正しくした日本誤認歌詞を歌わせるのより、遥かに難しいだろう!!ああ、天裕を願うことしきりなり!
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2011年01月17日

夕鶴は世界のレパートリーにはまだなってはいない

僕は「ラジオ深夜便」の大フアンである。トイレの為に目が覚めれば、必ず聴く。耳だけを使用して本当に為になる話を聴かせてくれる。自分自身でも出演させて戴いた。ので、いちゃもんはつけたくはないのだが、オペラ「夕鶴」が世界中で上演されている、という言葉を指揮者の高関健さんが言われたのには首をかしげる。誠に残念ながら、「夕鶴」という最も西欧の観客聴衆にも受けそうな、わが国で最大の最高上演回数を誇るオペラでさえ、未だに世界では顧みられてはいないのが現状ではないのか!?????僕はヨーロッパ20年の生活を切り上げてもう31年も過ぎたから、現在では上演されているというのなら、度々訪れる向こうの事情に疎いといわれれば潔く謝る!!しかし、1951年に団伊玖磨が作曲したこのオペラは、僕が渡伊した1959年頃に何度か、確かドイツ圏で上演されたようだが、僕がオーストリアとドイツの3つの歌劇場専属の1966??79の13年間も、その前の7年間のイタリアでの修業時代も、上演の噂を聞いたことはない。団さん自身の指揮で僕は何度かこのオペラに出演したし、タイ国王の御前演奏もした。鶴の恩返しという木下順二の心温まる物語もいいし、西欧風な作曲技法に日本のメロデイを挿入した音楽には、旋律美にも富み、日本人オペラ歌手としては、首を長くしてその世界楽壇への加入を待っていたのだった。ーーオペラは白人が白人の為に創った舞台芸術である。イタリアで出来たオペラはその後ウイーンなどドイツ語圏をその中心として、ロシア、ハンガリー、チェコ、スペインなど辺境ヨーロッパの地で創られた国民オペラをレパートリーに加えてきた。2つも続いた世界大戦後、オペラは特に日本、韓国、中国・台湾と白人圏以外にもその足跡を伸ばした。だが「夕鶴」でさえ、まだそのレパートリーとはなっていないことを、残念ながら非白人国である我々は認めざるを得ないのである。
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2011年01月14日

舞台打ち合わせ

インターネットでの通信は早く安く便利だが、今僕が必要としているオペラの舞台制作の打ち合わせには、必ずしも満足ではない。ーーー第一幕で桜の花を満開に咲かせ、第二幕が始まる25分間の休憩の間に、それをまず木の幹から下ろし、手作業で葉桜にして、又、幹に乗っけて元に戻す、という作業に必要な時間が25分で済むのや否や?ーーーこの打ち合わせの為には、相手の持つ人員とその熟練度を英語で説明し合う時間、語学力、そして熟練度、何よりも、忍耐力が必要である。ーー我にそれありや否や?
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2011年01月04日

年頭からの大補修費見積もり

謹賀新春!新年は金の心配と共に始まれり!「マダマ バタフライ」の舞台道具補修・改善費だけで1800万円を超える見積もりがくる。僕の演出は”日米文化摩擦!より生じた”蝶々さんの悲劇”で、蝶々さんが米国海軍士官ピンカートンと束の間の新婚の日々を過ごす丘の上の一軒家は、和室と洋室に分かれているが、両室は大きな満開の桜で覆われている。自然は人間の対立を大きく包み込む、ということを象徴している。この桜の家の補修に大金がかかるのだ!
posted by opera-okamura at 21:53| Comment(0) | 日記