2011年07月21日

早稲田で習った歌にかけて

 僕は早稲田に入りグリークラブに誘われて、音楽に目覚めた。それまではオタマジャクシのオの字も知らなかったし、音楽なぞをやる若者たちを馬鹿にしていた。もう半世紀前のことだ。だから50年間以上も歌い続けているのは、一重にグリークラブに入ってから、入ったからなのだ。
 グリークラブのOB達は結束が固く「稲グリ新聞」というタブロイド版の無料誌を発行している。本日着いた版に悲しい記事が愛続いている。僕の後輩で、一緒にアンサンブルを歌っていた浅井修三・君が、そして吉田公承・君がつい最近逝去していた。共に3年後輩。彼らの方が僕より音を取れるのに、クラブの悲しさ、彼等は僕を先輩としてたてねばならなかった。そして更に彼らの3年後輩、元ボニージャックスのセカンドテナー、大町正人・君も!ーーみな歌に生き歌に憑かれた人生を、てらうことなく、堂々とおくった。????僕は明日から約一カ月半、イタリアでオペラ「マダマ バタフライ」の日本を誤認した歌詞を訂正した版の世界初演をしてくる。彼らと一緒に録り憑かれた歌に賭けて、僕は日本人はどんなことでも、祖国の間違いは正す国民であることを証明してくる。
posted by opera-okamura at 20:00| Comment(0) | 日記
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