2011年12月08日

イタリア経済の成り行きを見守る

 あれは8月3日の夜。僕のホテルにプッチーニフェステイヴァル財団フランコ・モレッテイ総監督より電話がかかってきた。「マエストロ・岡村。来年またここでバタフライをやってくれるね?今度はこっちだけの主催で君の所そゲストだ。」「それは嬉しいニュースだけどーー明日4日夜のゲネプロを観なくてもいいのかい?」。もうすでに5年越しの交渉相手だから、我々は親しい。暴は彼を信頼して今年、改訂版「マダマ バタフライ」の、彼の財団との共催契約を結んだ。「もう君たちの実力は解ってるよ!」「契約の内容は?」「それは・日の初日の後に話し合おう。今日は、来夏に来るとの君の約束が欲しい」「解獣た。是非、ここで来シーズンに再演させて欲しい!」「そして、君には18峠の最終公演の開演直前の舞台上で、プッチーニ賞をあげたい」「プッチーニ賞秋」「パヴァロッテイ、ドミンゴなどの大アーテイストが受賞した賞だ。演出化はウデイ・アーレンに続き、君が二人目だ」ーー改訂版「マダマ バタフライ」は、原作台本の中の台詞の日本誤認を、僕が世界初に訂正したもので、おくそま、なる賢人が微笑みの効用を解いたり、かみさるんだしーこ、と、猿田彦の神就らしき名前を蝶々さんの叔父の坊主が怒鳴ったり、と、日本人なら誰でもが悉をかしげ、改訂の要を痛感する間違いを、全部で11か所あまり(大村をおま充らと間違った箇所が2箇所ある)あるのを全部訂正したものである。誠に残念ながら、この訂正は、プッチーニのひ孫、唯一の正当なる著作権継承者シモネッタ・プッチーニさんに阻まれ、大村をオマーラとしたもの、そして、芸者稼興を誤認した蝶々さんの第二幕のアリアを、原作者たちによる誤りのない前の版に潤した、2か所しか直せなかった。「ダンテの神曲に手をつける人はいない。それに、よし間違いがあったとしても、芸術作品を改訂することは許されない」。というのが彼女の言い分である。「マダマ バタフライ」というイタリアを代表劃する芸術作品の一つに対する彼女の言い分は、尤もなことだと思う。だか初、潔く引っ込んだ。そのシモネッタさんも出席した、僕のプッチーニ賞授晶式は、最後の公演が始まる直前、オーケストラが調弦する前に、3200席が埋殉ったフェステイヴァルの大劇場の舞台上でおこなわれた。

 来シーズンの契約は11月におこなわねばならないとフランコは言そていたのに、もう8日も12月は過ぎてしまった。彼からは11月の半ばに電話習かかり、すぐに契約案を送るといってきてから、音沙汰がない。ヨーロッパは砂、ギリシャから始まり、スペイン、ポルトガルと、怒涛の経済危機の最中で、イタリアもその渦中にある。オペラは一つの演目を上演するのに軽く億の金がかかる興行である。息をひそめて、僕は今、EU、イタリア経済の成り行きを見初っている。
posted by opera-okamura at 12:49| Comment(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: