2012年03月01日

震災の壁新聞=3月1日 記

ラジオのスイッチを入れると村野キャスターらしい声。石巻のきび新聞というたった6人という地方紙の報道部長の大震災を振り返った話に聞き入った。ラジオ深夜便、
聴覚にだけに神経を集中させ、朝の04:05という人々の寝静まった中で、想像力を逞しくさせるひととき。最も良い話を聴ける番組である。他に全く情報の無い震災
直後の手書きの壁新聞が如何に被災者の頼りになったことか!ピューリッツアー賞ものの大新聞の記事には出来ないことをやった地方紙に心からエールを送る。
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2012年02月21日

2人のマリオ =2月21日 記

マリオ・モンテイ、イタリア新首相のお陰で、ユーロ圏の独仏2頭指導体制にイタリアが入っていけるようになった。ベルルスコーニ利益誘導内閣では到底出来なかったことだ。彼の内閣には政治家はおらず、来年5月までと決めた潔い態度も支持されてりる。もう一人のマリオ、マリオ・ドラギ欧州IMF総裁とあいまち、イタリアには良い風が吹いているようだ。−−大金がかかるオペラをイタリアと共同で上演していると、金のことが気になって仕方がなく、ギリシャ発の経済危機に愁眉を開きつつある。
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2012年02月11日

世界に翔け!=2月11日 記

テレビをつけたら日本が中心に収まっていない世界地図を子供たちに見せて、これが世界で観る普通の世界地図だと教えている女性が現れた。NHK・総合「課外授業」、WHOの日本人医師、進藤さんだ。世界のどこに行っても自分の国が中心部におかれている地図が出てくる。日本を出たことのない子供には、日本が端にあると不思議なのだ。これが番組の始めに出るだけで何を彼女が子供たちに教えたいのかが明らかである。世界は日本だけのために動いてはいない。海外、洋行、などの言葉は世界にはない。日本は世界の中心ではない。それを解るだけで、子供たちは大進化を遂げた筈。世界に翔け!というのは翔いてない国でも言わない。
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2012年02月03日

オペラの陰役 =2月3日 記

昨夜、いや今朝のNHKラジオ深夜便の04:05からのゲストは大野さんという若い女性。初台・新国立劇場で働くプロンプターの一人だ。河村陽子さんが引きだした誠に珍しいオペラの下働き稼業を聴いて聴取者は何を感じられたか。常にプロンプターにお世話になっていた歌手として、よくも取り上げて貰ったものだと感謝する。普通プロンプターは、指揮者のなり損ない、老齢歌手のこずかい稼ぎ、だったのだが、僕は、ミュンヒエン国立歌劇場に2日間の稽古だけでボリス役で飛び入りしたときのプロンプターを決して忘れない。彼のお陰で僕は何とか歌い終え、同役で同じ劇場で再演できたのだ。恐らく大野さんもあのプロンプターと同じく、副指揮者の助手役を観客の目に入らない小ボックスで務める仕事に人生を賭けてるのだろう。今朝の放送は新国立劇場のお偉方が是非聴くべきだった。
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2012年01月16日

良い世の中になったなもんだ!=1月16日 記

「ここはな、むかしは全部いちめんの森だったよ」。いちめん広い広い畑の中の一軒家で90歳のおじいちゃんが説明する。「そうだそうだ。それをおらたちが開墾してこんな畑にしたのよ」。竈の下の薪をもやしながらおばあちゃんが頷く。電気は来たが都市ガスは来ていない東北の田舎である。−−これはNHKテレビのキッチンか―の一こま。キッチンのついた大型のキャンピングカーで日本を廻り、現地の
食物を使って乗り込んだ一流シエフが調理をするという番組。そのときは、おじいちゃんとおばあちゃんが丹精して創った野菜を使って女性のシェフが美味そうな和食を創り、食材を提供してくれた現地の人々を招待して食事会をした。ものも言わずに食べ終わった90歳のおじいちゃんが一こと。「本当に、良い世の中になったもんだ! もっともっと長生きしような」。皺の刻まれた顔に化粧をしたおばあちゃんが大きく頷いた!
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2011年12月28日

青木十良・先生、96歳のチェリスト=12月28日 記

今朝のNHKラジオ深夜便。96歳のチェリスト青木十良・先生のお話と演奏を、寝床の中で身を正して聴いた。我々演奏家の大先輩の誠実な、誇大、はったりの無い謙遜なお話しに、傘寿で日本最高齢の現役歌手だ、などと威張っていた我身がまことに恥ずかしい!僕はラジオ深夜便のフアンだが、特に早朝・04時からのお話しが、どれもこれも人生の為になるもの。今朝は、年齢をとったら謙虚になれ、いや、なる。つまり、ますます下がる稲穂のごとく、中身が充実してくると頭は下がるものだ、ということを教わった。我身と比べて恥ずかしい。青木先生、どうかお元気で幾つになられても演奏をお続けください!
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2011年12月26日

捨て球・三重唱の効用 =12月26日 記




そして、領事、すずき、ピンカートンの三重唱となる。ごろーは、家の裏に回りそっと様子を窺っている。ーーー領事:子供の将来を保証するために、外で待つ女性にまかせて欲しい。(当時長崎では、外人と日本女性との間に出来た子供は性名の性を持てなかった)。すずき:そんなことを、そんなことを言ったら蝶々さんは嘆き悲しむわ。ピンカートン:(家を見まわし)ああ、あのときと変わらないこの匂い、(仏像を見て)死の冷たさ、三年が過ぎたのだ、(肖像画を見て)俺の肖像画だ、ーーーという意味を三人がそれぞれ歌うので、甚だ大きな音がするし、それぞれが歌う歌詞は細かくは聴衆の耳には伝わらない。オペラ「マダマバタフライ」の中の唯一の三重唱である。実は三重唱、四重唱、五重唱などは、野球のピッチャーが、打者を仕留める前に投げる捨て球のようなものなのだ。捨て球で目をくらませて置き、次の勝負球でうちとろうという算段である。もっとも良い例が、プッチーニと同時代の作ビ曲家・リヒアルト・シュトラウスの「サロメ」の中のユダヤ人たちの五重唱である。この男声五人による重唱は、わざとぶつかる音ばかりを使い、甚だ煩く、世事の馬鹿ごとをそれぞれが意味なく歌いあうのだが、その後に聖者ヨハナンの聖なるバリトンの単旋律が浮かび上がるように書かれている。この三重唱は、そのあとに続く短いピンカートンの後悔のアリアと領事の、言わんことじゃない、というたしなめに続く、蝶々さんが、自分はピンカートンに弄ばされたことをさとり、自刃に移っていく悲劇のための捨て球だったのである。事実、領事は外で待つ女性に託すようにすずきに求めるのみ、すずきは嘆くのみ、ピンカートンは後悔するのみ、という簡単なことを言うだけの三重唱なのである。
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2011年12月14日

朝になります=12月14日 記 

朝になります。まんじりともせず、すずきと幼子と共に、穴のあいた障子から外を覗き、夫・ピンカートンの三年ぶりの帰宅を蝶々さんは待ちます。
すずきは「お疲れの様子。現れたらお呼びしますから、坊やと、奥でお休みください」と主人を気遣います。
「眠れ愛し子この胸に、神と共に、私は悲しみと共に、金の光に照らされて」と蝶々さんは朝一番の太陽の中を、眠る子を抱いて奥に入っていきます。「哀れな蝶々さん」とすずきが歌ううちに、外では物音。ごろーが、領事とピンカートンを案内してやってきました。
ピンカートンが金髪の妻を伴って来たので、ごろーは、蝶々さんを別な男に斡旋して又儲けようというわけなのです。
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